茨木のり子と庄内

茨木のり子は、山形県東田川郡三川町出身の母にはぐくまれ、鶴岡市出身の夫への愛を胸に生きた詩人です。その縁か茨木自身も庄内弁と庄内を深く愛し、また庄内でも茨木がなくなった翌2007年に追悼公演が開催され、「茨木のり子 六月の会」が発足するなど、茨木の詩と心を愛し、広げるさまざまな活動が行われてきました。


ご挨拶

『茨木のり子生誕100年のつどい』実行委員長:戸村雅子より

 茨木のり子の関連本に、出生は大阪とある。庄内に結び付けて茨木を説明している本はない(と思う)。実は大ありなのだ。本人は書いている。「母は東北人であった/さらに限定すれば、山形県の庄内地方の産である。鶴岡から二里ばかり離れた在」と。その「在」とは鶴岡市に隣接した三川町である。ちなみに父は長野県出身。
 茨木のり子は母の胎内にいる時から庄内弁を浴び、11歳で母と死別するまで、コテコテの庄内弁で育った。子どもの頃は夏休みなど母のふるさとで長期に渡って滞在している。さらに結婚した人も同じ庄内弁を話す青年医師であった。「母の国の言葉が私は好きで。自分の育った三河弁よりもはるかに好きで」とか、「わたしがあなたに惹かれたのは/紬のようなその東北弁のせいですのに」と庄内弁に熱いエールを送っている。そのようなわけで、「茨木のり子生誕100年のつどい」実行委員会が二つの部門でお届けしたいことは、「茨木のり子と庄内」が主なテーマである。


1、 ステージ部門。朗読と合唱。朗読は県内から集まった精鋭たち。合唱は全国区で活躍し、常に高い評価を受けている鶴岡土曜会混声合唱団。

2、 鶴岡市立図書館での資料展。茨木のり子が生きた痕跡を追って、年表、著書、作品、写真、詩や原稿などを紹介する。


 茨木のり子が庄内を愛したように、私たちも庄内にゆかりの深い茨木のり子の「生誕100年のつどい」を、愛と敬意を込めて祝いたい。


『茨木のり子生誕100年のつどい』実行委員会 事務局

〒997-0034 山形県鶴岡市本町3丁目8−48
戸村雅子(実行委員長直通)
TEL&FAX 0235-62-3340
メール [email protected](実行委員長直通)
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